HOME

活動報告

その他

Dynamic Brain Forum (DBF) 2012 参加報告(2012.09.03-06開催)

Dynamic Brain Forum (DBF) 2012 参加報告
B01G3 奥田次郎(京都産業大学コンピュータ理工学部)

2012年9月3日から6日にかけて、スペインのセビリア地方の歴史的小都市であるCarmona(カルモナ)にて、Dynamic Brain Forum (DBF) 2012が開催され、参加しました。

DBF は、「脳のダイナミックな情報処理の理解」を目標に、1990年代半ばに本新学術領域代表の津田一郎先生を始めとしたメンバーを中心に第1回目の会議が開催されて以来、世界各国の会場にてほぼ毎年開かれてきた脳情報処理ダイナミクスの国際的な研究フォーラムです。第14回目を迎える今回は、スペイン Pablo de Olavide University の José Maria Delgado-García 教授の主催のもと、広大な平原の中の断崖にそびえ立つ城壁と白亜の白壁の街並みとのコントラストが美しいカルモナの街にて、世界10カ国以上から80余名の参加者を交えて、3日間の白熱した論議が繰り広げられました。

3日間に渡る会期中、午前2セッション、午後1セッションのスケジュールで計7セッションの口頭発表が行われ、また各日の夕刻にはポスターセッションが開かれました。

会議1日目の第1セッションでは、 Hungarian Academy of Sciences の Péter Érdi 先生による「計算論的精神医学」の提唱、 スペイン Barcelona StarlabのGiulio Ruffini 博士による「頭皮上多点電気刺激」の新しい技術展開の紹介、 アメリカ Florida Atlantic University の Emmanuele Tognoli 博士による「神経細胞外電場の脳情報処理への寄与」についての発表が行われました。 統合失調症やうつ病などの症状の変化を脳内の神経ネットワークの動力学的状態の変遷として捉えられるという Érdi 先生の主張や、神経細胞外空間を巻き込んだ脳内の大域的な電場の空間パターンが「意識」の成立に積極的に関わるという Tognoli 氏の議論は大変斬新なものでした。また、 Barcelona Starlab で開発中の多電極による経頭蓋電気刺激の空間解像度向上技術は世界的にも類を見ない大変刺激的な技術革新であり、会場は驚嘆の声と多数の質問で覆われました。このような発表を受け、本セッションの Discussant である玉川大学の塚田稔先生から、「脳によるコミュニケーションと情報統合がいかにして新しい情報処理を創造するか」という議論が提起されました。続く第2セッションでは、アメリカ University of California, Berkeley の Walter Freeman 先生を Discussant に迎え、スペイン University of Granada のJoaquín Torres 博士による「動的シナプス」の理論提起、スペイン Hospital Nacional de Parapléjicos ToledoのGuglielmo Foffani 博士による「神経スパイクの変動性に関する情報理論」の考察、イタリア SISSA Trieste の Sahar Pirmoradian 博士による「ニューラルネットの動的結合による言語生成モデル」についての研究報告がありました。どの報告も脳の情報処理様式のダイナミックな側面を巧みに分析・モデル化する興味深い試みでしたが、特に Pirmoradian 氏の言語生成シミュレーション実験は、シェイクスピアや Wall Street Journal といった実際の英語文章中の単語出現確率データベースを題材として用い、「意味」と「文法」の2つのサブネットワークの動的な結合変遷が意味のある新しい「文章」を作り出す過程を示すもので、「人工知能」の研究に新たな方向性をもたらす可能性を感じさせました。さらにこの後の第3セッションでは、玉川大学の坂上雅道先生による「前頭前野と大脳基底核線条体ニューロンにおける異なった報酬推論機構」の実験的証明、スペイン University of Santiago の Carlos Acuña 先生による「エラーの検出とその意思決定への連鎖的活用」を示す脳波事象関連電位研究、そしてスウェーデン SLU の Hans Liljenstrom 先生による「脳ダイナミクスにおける因果律とは」という深遠な議論が展開され、アメリカ NIHの Barry Richmond 先生が Discussant として議論のまとめを行いました。本セッションは、より実験的な神経科学の計測データを中心とした議論に捧げられており、脳内の神経細胞活動の実際の観測結果をつぶさに検討することがヒトや動物の高次機能の解明に如何に重要であるかを改めて考えさせられました。 Liljenstrom 先生の講演の最後には、来夏にスウェーデンにて開催が予定されている International Conference on Cognitive Neurodynamics の紹介があり、積極的な参加の呼びかけがありました。

会議2日目の第4セッションでは、 Robert Kozma 先生を Discussant として、スイス University of Lausanne の Jérémie Cabessa 博士による「再帰的ニューラルネットワークによる super-Turing マシン」の計算原理、ならびにスペイン CSIC の Alberto Ferrús 博士による「興奮/抑制比に注目した脳と機械の計算原理」について紹介がありました。 Turing マシンは、「有限の計算アルゴリズムに無限のデータ入出力を加えることで、解が存在する問題は全て解くことができる」という有名な計算原理ですが、 Turing マシンを階層的に組み合わせることで計算可能性が飛躍的に増大し、ヒトや動物が自然に行っているような曖昧で状況依存的な問題解決にも対応できるようになるとのことです。 Cabessa 氏は、階層的な super-Turing マシンは正に脳の再帰的な神経回路網によって実現されるという魅力的な説を提唱しました。その後の第5セッションにて、当新学術領域からの研究発表として、理研の山口陽子先生による「自他の協調動作における脳波律動の脳内・脳間同期」についての研究発表、玉川大学の大森隆司先生による「遊び場面における子どもの心的状態ダイナミクスを記述する計算論的モデル」の提起が行われました。「2者が相互にタッピングを繰り返す協調タッピング課題をタイミング良く遂行できるかどうかは、自己の脳内の広域的神経振動子ネットワークの位相を他者の行動観察に応じて更新できるかが関わる」という山口先生の実験結果や、「ロボットと遊ぶ6歳児の視線や表情、体の動きの計測データから子どもの興味の強さという心的状態パラメータの連続的な変化を数理モデル化し、インタラクション場面における他者推定の問題へと応用することができる」という大森先生の講演には、会場内の異なる分野の研究者からも多数のコメントや質問が寄せられ、本領域の研究取組が着実に世界に発信されつつあることを実感しました。本セッションではさらに、玉川大学の斉藤秀昭先生による「神経細胞集団による視覚フロー知覚の情報表現」についての講演と、フランス Université de Cergy-PontoiseのAlexandre Pitti 博士による「視聴覚情報統合におけるゲイン調節機構の役割」についての発表があり、 Edgar Koerner 先生を Discussant として討論が行われました。視覚情報の知覚成立や多種感覚情報の脳内統合は人間の言語コミュニケーション機構の解明においても鍵となる問題であり、会場からは「ミラーニューロンシステムとの関係についてはどう考えるか?」といった質問がなされました。第6セッションでは、同じく新学術領域から、東京大学の栗川知己博士による「学習過程における自発/誘発神経活動の発生とその役割」に関する理論モデル考察、九州大学の Jan Lauwereyns 先生による「ラット海馬における多様な空間情報コーディング」についての研究発表が行われました。栗川氏の学習・記憶の動力学的な理論モデル提唱や Lauwereyns 氏の「記憶経験から将来の行動場所決定を導くラットの海馬神経活動」の詳細な分析結果報告には、発表終了と同時に数え切れない人数の質問の手が上がり、学習・記憶と意思決定の問題と、そのダイナミクス理解への関心の高さを再認識させられました。またこの他、スペイン Pablo de Olavide University の Agnès Gruart 博士による「神経回路網の機能状態からみた学習と意思決定」についての報告があり、岡山大学の奈良重俊先生が Discussant として討論をまとめました。

初日・2日目とも、夕刻にポスターセッションが設けられ、30件を越すポスター発表の前で、ところ狭しと熱心な議論が繰り広げられました。当新学術領域の研究班からのポスター発表も多数出展され、また特に、大学院生や博士研究員など若手研究者が元気に発表を行う姿が目立ちました。純粋な数学理論の研究から、理論モデルのコンピュータシミュレーション実験、動物やヒトの行動ならびに神経活動計測の結果、さらにはモデルシミュレーションと行動・神経活動との対応・統合を議論するものまで、幅広い分野の発表に対して世界各国の研究者が入り乱れながら、熱心な議論が夜遅くまで続きました。

会議最終日の第7セッションでは、 京都産業大学の藤井宏先生が Discussant を務め、 玉川大学の磯村義一先生による 「ラット自発運動における運動皮質ニューロン集団の協調的な情報処理」の研究紹介、主催者である Delgado-García 先生による「連合学習の獲得における赤核ニューロンの役割」についての講演、スイス University of LausanneのAlessandro Villa 先生による「経済的意思決定における感情・性格の影響」についての研究紹介がありました。そして最後に、当領域代表の津田一郎先生による「動的に相互作用する複数脳におけるカオス遍歴」について理論と実験シミュレーションの最新知見の紹介が行われました。磯村先生ならびに Delgado-García 先生の精細な電気生理計測に基づいた神経細胞集団の機能同定とモデル化に始まり、 Villa 先生の最新の神経経済学的応用研究、そして津田先生の動的脳研究の根幹をなす「カオス遍歴」理論の「複数脳間インタラクション」への拡張の新展開と、正に脳の情報処理ダイナミクスへの多岐にわたる実験的アプローチと多様でありながらも統合的な理論構築とをハイライトする、 DBF を締めくくるに相応しいセッションとなりました。

会議終了後には、主催者のDelgado-García先生ならびに当領域代表の津田一郎先生に加え、カルモナ市の市長をも来賓に迎え、閉会の辞が述べられました。それぞれの立場から相互に感謝の意が伝えられ、和やかな余韻に包まれながら閉会を迎えました。

今回の DBF では、多様な学問領域の様々な立場の研究者が世界各国から集い、異なった研究分野、国と文化、そして研究と行政といった、様々なレベルでの相互作用が自然に湧き起こり、まさに「ヘテロなコミュニケーション」が創発されてゆく様を体感できたように感じました。今後もこの経験をもとに、「異質なシステム同士が相互作用することによる新しい情報処理様式の発現」の過程の解明に取り組んでゆければと考えました。

最後になりましたが、本DBFの開催実現に多大なご尽力を頂きました Delgado-García 先生を始めとする関係各先生方、ならびに有形無形のご支援と共に暖かく迎えて下さったカルモナ市の皆様に改めて御礼申し上げます。